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トレジャーズサンクチュアリ 第一章 冒険者

第三話 館と花

 フィニアおばさんもいい人だった。
 ボクの状況を説明すると、『ちょっとだけおまけだよ』と言って百ペニーでブラックドッグ
を買い取ってくれた。
 田舎の人情が心にしみるなぁ。

 ブラックドッグの肉は堅くて食べられないけど、毛皮や爪は利用出来るらしい。
 群れで行動するからそれなりに希少価値が高いみたいで、しかもボクの持ってきたのは状態
が非常に良いからこの値段なんだそうだ。
 ちょっとした小遣い稼ぎには出来なさそうだけど、無一文からのスタートとしては悪くない
滑り出しだと思う。

 百ペニーと言われてもらった銀貨は一枚。銀貨にはトレサンの女神の一人、ヴィリオナ神が
描かれていた。
 銀貨一枚が百ペニーだとすると、トレサンの貨幣と同じ換算になる。
 つまり、銅貨一枚が一ペニー。銅貨百枚で銀貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚。となるはずであ
る。
 フィニアさんのお店にあった商品の値段をいくつか聞いてみた結果、一ペニーは日本円に直
すと大体百円くらいだと判明した。
 なので、ボクの所持金は約一万円だ。二日分くらいの滞在費にはなるはずである。
 冒険者として必要な道具はいろいろあるだろうし、買い揃えたらたぶんすぐなくなっちゃう
けどね。

 当面の生活費を手にいれたボクは、トーラスさんから村の施設の場所を聞いて、後は自分で
探すことにした。
 トーラスさんは門番の仕事の最中だし、迷惑をかけるわけわけにはいかない。
 気にするな、って言ってくれたけど、やっぱり気になる。

 そんなわけでボクは夕日に照らされながら一人で歩いている。
 ちらほら見える村の家屋は煉瓦造り。
 森が近いんだから、木造のがいい気もするんだけどねぇ。
 外から見る限り文明レベルはやっぱり中世くらい。後で宿の中を覗けばもっとはっきりわか
るだろう。
 生活していく上でちょっと心配なこともあるけど、そこは実際に見てみないと、ね。

 日本の都会ではまず見られない風景にきょろきょろしながら、目的地である冒険者の館へ足
を進める。
 さっき鳴ったようにお腹は空いているんだけど、登録を済ませてからご飯にしようと思って
る。
 先に終わらせちゃえば気兼ねなくご飯も食べられるし、宿で寝る事だって出来るからね。
 仕事は明日の朝一に探せばいい。
 そんな考えで目的の場所に到着したんだけど……。

「えっと、ホントにここで合ってるのかな……」

 どう見ても掘っ建て小屋。煉瓦造りじゃなくて木造。
 いかにも適当に建てましたって感じがぷんぷんする。
 しかも、正面は綺麗にしてあるけど小屋の横には雑草が茂ってる。

 これはない。
 あんまりだ。

 道を間違えたのか確認してみたけど、やっぱり合ってた。
 これが冒険者の館? 館っていうか、さっきも言ったけど小屋でしょ、これは。
 ボクの中の、冒険者というイメージにひびが入るのを感じた。

 いや、外見がひどいだけかも。中はまともなんだ。そうに違いない。
 無理やり納得させたボクは、意を決して扉を叩く。

「すみません。トーラスさんとレスキンさんから紹介されたのですが……」

 ……。
 …………。
 反応がない。
 受付の人とかが普通はいるんじゃないのか?
 仕方なくボクは扉を開く。
 

 小屋の中は……、想像以上にひどかった。
 丸いテーブルが二つ。それぞれにイスが二つずつ。調度品以上、終わり!
 受付カウンターなんてものはない!
 そして誰もいない!

 もう泣いてもいいかな……。

 てか、誰もいないなら鍵かけておこうよ!
 盗まれるようなものがないって言っても、無用心すぎるよ!

 と心の中で憤慨してみたけど、扉をよく見たら鍵付きじゃなかった。
 ひびの入ったイメージが、音を立てて崩れていくのが聞こえる。
 トーラスさんに詳しく聞かなかったボクも悪いんだけど……。
 もう、いろんな意味で疲れました。
 大きなため息をついて、扉を閉める。

 あまりのショックで空腹がひどくなってしまった。
 とりあえずご飯を食べに行くとして、その後に宿をとって……。
 明日からどうなるんだろう。
 イメージしていたのと全然違うし、冒険者の仕事って何するのかな。
 そんな不安を抱えながら、教えてもらった宿(酒場と食堂も兼用)に行くために振り返ろう
としたとき……。

「こんなところにいた」

 後ろから声が聞こえた。
 振り返ってみると、二十歳前後の女性が立っている。
 走ってきたのか、少し息があがっているのを見て取れた。

 ボブカットって言うんだっけ? 首筋くらいまで伸びた栗色の髪がふわっと風になびいてい
る。
 顔立ちは整っているし、特にくりくりっとした大きな目が印象的だ。
 夕日のせいかもしれないけど、ほんのり紅くなった頬に思わずどきっとしてしまう。
 服装は緑色のTシャツに皮のジャケットを羽織り、革のショートパンツの下に、これまた緑
色のタイツを履いている。
 そういうデザインなのか、それともただの偶然か。
 それが彼女の女性的な部分を強調することになって……、その……。

(すごく、大きいです)

「ライルくん、だっけ? 何でオリンさんのところにいないのよ。探しちゃったじゃない」
「えっ、あの」

 注目していた場所が場所だけに、とっさに出た返事がこんなのだった。
 でも、この美人さんは誰なんだろう? オリンさんって何者? 探してたのは何故?
 そんな疑問が頭の中を駆け巡る。

「あっ、自己紹介してなかったわね。私はジュナ。レスキンたちと一緒でこの村の冒険者よ。
トーラスからライルくんのことを押し付けられたの」

 幸いな事にボクの視線には気づかれなかったみたいだ。気づかないふりをしてくれただけか
もしれないけど。
 ボクの脳内の質問に答えてくれた(未解答のもあるけど)ジュナさんは、最後の台詞のとき
に『ふふふ』ってちょっと意地悪そうに笑った。
 そんな彼女にまたどぎまぎしてしまう。
 さっきから翻弄されっぱなしだ。
 ここは一つ、反撃を試みることにしよう。

「ご愁傷様です」

 ということで、こんな言葉を言ってみた。神妙な面持ちで。

「えっ? 本気にしちゃった?」

 ボクのその言葉に焦りだすジュナさん。
 あたふたしている姿も可愛い。

「ごめんね、そういうつもりじゃなかったの。押し付けられたなんて思ってないから……ホン
トに――」
「わかってますよ」

 真剣に謝ってくる彼女の言葉を途中で遮った。
 まさかここまで効果があるとは……。
 ボクは思わず苦笑いをしてしまう。
 そんなボクの表情を見て、からかわれていることに気づいたのだろう。ジュナさんはぷくっ
と頬を膨らませる。

「もう、おねえさんをからかったのね」
「ははは。まさか本気にするとは思わなかったので」

 暗に貴女から始めた事ですよ、と伝える。
 ボクの真意を汲み取ってくれたのだろう。ジュナさんの機嫌が悪くなることはなかった。
 それにしてもさっきから実に表情豊かな女性ひとだな。
 どれも絵になるから美人って役得だと思う。

「でも、何でこんなところにいたの?」
「教えていただいたので、先に見ておこうかと……」
「そうなんだ。ぼろいでしょ、ここ」

 まったくもってその通りなんだけど、管理している(と思われる)人の言葉としてはどうな
んだろうか。
 どう返していいかわからず、ボクはまた苦笑してしまう。

「あ、気にしないでいいのよ。ここ、使ってないから」
「えっ、そうなんですか?」
「そうなの。仕事は大抵自宅にいるときに依頼されるし、そうでなくても村の中で直接声をか
けられるから」

 みんな顔見知りだろうから、こういうことになるのかな。
 日本でも小さい村だと誰が何をしたか、一日で村中に伝わるって言うしね。
 でも、だったら何でこんな場所作ったんだろうか。
 使わないなら作る意味ないはずなんだけど……。

「一応、対外的な意味合いで作ったんだけどね。村の外から来る人たちも村長のところに行っ
ちゃうから、結局まったく使われない小屋になっちゃたの」

 小屋って言っちゃってるし……館って名称じゃなかったのか。まあ、小屋だけど。
 しかし、ジュナさんの話はもっともなことだと思う。
 この村に対して仕事を依頼するなら、どう考えても村長に話を持っていった方が早い。
 この小屋にずっと人を置いておくほど人が余っているわけでもないと思うしね。
 対外的な意味合いならもう少し立派な建物にする気もするけど、仮設で作ったらまったく使
わなかったからそのまま、って感じなんだろう。

 そんなわけでボクは見事に無駄足を運んだわけだ。
 まあ、ジュナさんとこうして話をすることが出来たのは良かったと思う。

「こんなところにいても仕方ないし、まだご飯食べてないんでしょ?」
「はい、さっきからお腹ぺこぺこで」
「じゃ、行きましょ。オリンさんの料理は美味しいわよ」

 ボクの言葉にくすっと笑うと、ジュナさんは歩き出した。
 村の自慢なのかな? ジュナさんの口調からはそんな感じを受けた。
 ボクはジュナさんの横に並ぶ形で付いていく。

「ジュナさんたちもよく利用されるんですか?」

 ボクのイメージする冒険者は毎日利用するはずだけど、ここでは違っていそうなので聞いて
みた。
 さすがにここまで違うと気にはなる。

「んー、私はたまに、かな。自炊しちゃうから。トーラスとレスキンは結構利用してるわね」

 やっぱり自炊していたか。
 自宅持ちだし、想像するのは簡単だったけど。
 この世界でも独り身の男性(だと勝手に思ってる)は自炊する人が少ないのかな。
 まあ、手間と値段を天秤にかければ、自炊するよりいいんだろう。
 ボクも恐らくこの村にいる限りは利用することになるはずだ。
 ボクの経済的には自炊した方がいいんだけど、調理する場所も腕もないからねぇ。
 料理が出来ないわけじゃないけど、流石にまったく知らない食材を扱うのは無理がある。
 でも、機会があったら教えてもらおうとは思った。トレサンでも料理ってスキルはあったし
ね。

 その後、他愛のない会話をしつつ、大した時間も経たないうちにオリンさんの宿(話の流れ
から推測はしていたけどやっぱり宿だった)に到着した。
 途中で『ジュナさんの料理も食べてみたいです』と言おうかと思ったけど、さすがにそれは
ないと思って自重した。
 なんとなくだけど、ジュナさんはレスキンさんと付き合ってる気がしたのである。
 二人がカップルだって言われれば、お似合いですね、としか返せそうにない。
 確認したわけじゃないけどね。
 そんなわけで、妙な敗北感を食欲で紛らわそうと考えたボクは、オリンさんの宿に入ったの
であった。
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