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トレジャーズサンクチュアリ 第一章 冒険者

第二話 グリシュナ村

 門番の人たち(二人いる)もボクに気づいたみたいだ。
 二人とも男性だ。兜をかぶってるから、まだ顔はよく見えない。
 ヘルムと言うよりも帽子キャップかな。金属製ではあるみたいだけど。
 あれ? なんかかなり警戒してる……って、ブラックドッグの死体を背負ってるからかな。
 まあ、顔がよく見えるまで近づいてみよう。

「止まれ!」

 日本語だ! 神様ありがとう!
 いるかどうかもわからないけど、これでボクは何とか生きていけそうです。
 言葉が通じなかったらどうしようかと思ってたよ。
 ホント、助かった。いやぁ、一安心だね。

 感動のあまり周りの音が聞こえなくなってたみたい。
 門番の人たちが何か言ってたのを聞き逃しちゃった。
 うーん、仕方ない。

「あの……空腹と疲労でぼーっとしてたみたいです。すみませんがもう一度言ってもらえます
か?」

 門番の二人はボクの言葉を聞くと、顔を見合わせて何か納得するような表情を見せた。
 正解だったみたいだ。
 空腹は本当だけど、疲労はほとんどない。
 疲れないわけじゃないんだけど、ちょっと休めばすぐ楽になった。
 この辺はトレサンのキャラクターに準じてるのかも。トレサンはゲームだから何時間も走り
続けることができたしね。
 便利だけど、気をつけないとおかしく思われそうだ。

「とりあえずそれを降ろしてもらえるか?」
「はい」

 長剣ロングソードを腰に下げた人の指示に従って、死体を降ろす。
 顔つきは優しいんだけど、言葉遣いでちょっときつい印象を受けた。
 もう一人の人(スピアを持っている)が確認しにくるみたいで、ボクの方に近づいてくる。
 鍛え抜かれた身体の迫力に、ちょっとだけ後ずさりしてしまった。

 二人とも帽子キャップ胸甲ブレストプレートは金属製だけど、それ以外の防具は全部皮製。
 トレサンだと新参者ニュービーから抜け出したくらいの装備になる。
 村の門番ならこれくらいなのかなぁ。

「うわっ。傷がないぞ、これ。どうやって倒したんだよ」

 死体を見た槍の人が驚愕の表情を浮かべる。
 かなりの強面……なんだけど、ずいぶん砕けた話し方だったので話し出したらなんか安心で
きた。
 対照的な二人だな、と思いつつ答える。

「えっと、飛びかかってきたのを殴って、その後踏みつけて倒しました」

 ボクの言葉に二人とも唖然としてる。
 うん、当然の反応だよね。なんでこんなことできたんだか。
 槍の人が再度調べたら頭蓋骨が砕けているのを見つけたみたいで、ボクの言葉が真実だとわ
かってくれたみたい。

「はぁ、すごいな。他の奴も同じように倒したのかよ」
「他?」
「ああ、群れだったろ?」
「一匹でしたけど?」

 ボクのその言葉に奇妙な間が空く。
 気になったので詳しく聞いてみると、ブラックドッグは通常、十匹前後の群れで行動すると
のこと。
 なるほど、そりゃ驚くわけだ。
 一人で群れを退治したとなったら達人バケモノだからねぇ(しかも素手で)。
 ゲームでも一対一が基本。ソロで二体同時に襲われたらまず死ぬ。パーティでも上手くやら
ないと全滅。
 トレサンはそんなバランスのゲームだった。ある意味現実的なバランスってわけだ。

 ちょっとした誤解が解けたようで、張り詰めていた空気が柔らかくなる。
 そこで、ボクは状況を説明して、助けてくれるように頼むことにした。
 ボクの説明はこんなものだ。

 両親の手伝いで畑の近くを掘っていたら、固いものを掘り当てた。
 気になって触ったら、いきなり草原に飛ばされた。
 どういうことが起きたのかわからない。
 ここがどこなのか教えて欲しい。あと、家に帰りたいので出来れば助けて欲しい。

 嘘も混じってるけど、最後のは本音。
 それ以外も一応百パーセント嘘というわけでもない。
 両親の手伝いで畑仕事もしてたしね。近所の畑の一角を借りた家庭菜園だけど。
 固いものは煉瓦を掘り当てたことがある。なぜ畑に煉瓦が、と気になって触ったのも事実。
 まあ、草原に飛ばされたこととは関係ないけど。
 うーん、我ながらひどい詭弁な気がする。
 でも二人は信じてくれたみたい。

転送装置テレポーターでも掘り当てたんだろう。運が悪かったな、少年」
「まあ、あれだ、坊主。生きてりゃそのうちいいことあるさ」

 少年とか坊主とか気になる単語はあるけど、ボクの状況に同情してくれたみたいだ。
 二人ともいい人だなぁ。

「ありがとうございます。それでここはどこなんでしょう?」

 急かしているようで心苦しいけど、早くどこなのか知りたいから促してみた。
 そんな様子に気にすることもなく、長剣ロングソードの人が親切に答えてくれた。

「ああ、そうだったな。ここはグリシュナ村。コモンド平原の北部、キッチナ森林地帯のそば
だ」

 やっぱりと言うか、村の名前は知らなかった。
 でも、コモンド平原とキッチナ森林地帯ってのはわかる(森林地帯という言い方ではなかっ
たけど)。トレサンが開始オープンしたときからある一番大きな大陸、ノーランド大陸にある地名だ。
 やっぱりトレサンの世界観で間違いないみたいだ。

「坊主はどこ出身なんだ?」
「ポートタウンの近くです」

 槍の人の質問に、恐らく存在すると思われる、種族:人間ヒューマンのホームポイントの一つを答えた。
 すると、二人とも険しい表情になる。
 あれ? もしかしてこの世界にはないのかな?
 内心、びくびくしながら二人の反応を待つと……。

「ポートタウンか。ここからだと一ヶ月はかかるんじゃないか?」
「ああ、かなり遠いな。商隊が来るのは確か……三日後か?」
「そうだ。だが、ただで乗せてもらうわけにもいかないだろう」
「だよなぁ。んー、そうだ坊主。この村でしばらく働け。旅費くらいは自分で何とかしないと
お袋さんに怒られるぞ」
「ふむ、冒険者としてなら仕事はいくらかあるか。なら問題ないだろう」

 ボクの心配は杞憂だったようだ。
 そして、どうやらボクは冒険者として働くことになったみたいである。
 他の選択を選べるほど余裕があるわけじゃないから、不満はない。というよりも、かなりワ
クワクする。
 冒険者ってあれだよね。魔物退治とか遺跡探索とかしてお金稼いだりする職業。
 この後は冒険者ギルドへ行って登録という流れになるのかな?

 しかし、一ヶ月か。
 トレサンなら移動に三十分もかからなかったけど、これもゲームとの違いかな。
 それとも大陸の大きさ自体が違うんだろうか。

「よし、坊主。そんじゃ村を案内するぜ」

 ゲームとの違いについて考えていたボクに、そうと決まれば、といった感じでスピアの人が村に
招きいれようとする。
 うーん、やっぱ坊主って言い方が引っかかるな。ここははっきり言うべきだろう。

「坊主じゃないです。ライルって名前があります」

 ボクがそう主張すると、スピアの人は『ガハハ』と豪快に笑った。

「そういうのはな、坊主。一人前になった奴が言う台詞だ。坊主はまだ一人前じゃないからダ
メだな」

 むぅ。
 ボクはレベル一だから正論と言えば正論なんだけど、なんか悔しいぞ。
 むすっとしていると、長剣の人が槍の人の頭を小突いた。

「トーラス。少年が名乗ったんだ。お前も名乗らないとダメだろう。すまないな、少年。いや、
ライルか。私はレスキン。こっちのトーラスともう二人の仲間と共に、この村で冒険者をやっ
ている」
「いてて。ったく、殴らないでもいいじゃねぇか。聞いての通り、オレの名はトーラスだ。よ
ろしくな、坊主」

 そんな二人のやり取りがおかしくて、思わず笑ってしまった。
 直前までのイライラが嘘のように、気分が明るくなる。

「気にしないでください。名乗るのが遅くなったのはボクの方ですし」
「そうか。まあ、お互い様ということにしよう」

 ボクが笑いながらそう言うと、レスキンさんも笑顔で答えてくれた。
 うわっ。レスキンさん、笑うと超イケメンだ。最初の印象は間違いだったな。
 ……もてそうだなぁ。うらやましい。

「ところで……。これ、換金できませんか?」

 嫉妬する心を振り切るように、もう一つ気になることを聞いてみた。
 これ、というのはもちろんブラックドッグのことである。

「そうだな。これだけ傷のないブラックドッグは見たことがない。フェニアさんのとこに持っ
ていけば、それなりの値段で買い取ってもらえるだろう」

 フェニアさんというのは道具屋のおばさんの名前。
 道具屋といっても食料品から武具まで、何でも取り扱ってる。
 って教えてくれた。
 小さな村だからお店は一軒しかないみたいで、何か必要なものがあったらそこに買いに行く
んだそうだ。

「じゃ、フィニアの店から案内するか」

 そう言ってトーラスさんは村の中へと歩き出すけど、レスキンさんは動こうとしなかった。
 ボクが不思議そうにレスキンさんを見つめると、

「門番が一人もいなくなったらまずいだろう? そういうことだ」

 と答えてくれた。
 なるほど。言われてみればその通りだ。
 ボクはトーラスさんの後を追いかけることにした。

「トーラス。なるべく早く戻ってきてくれ。長く持ち場を離れると報酬が減る」

 ボクの後ろからレスキンさんがトーラスさんに声をかける。
 それを受けてトーラスさんが振り返り、返事をする前に、

 グウゥゥ

 ボクのお腹が壮大な自己主張をした。
 トーラスさんが目を丸くしてる。チラッと振り返るとレスキンさんも同じだ。
 うぅ、恥ずかしい。こんな大きな音を立てなくても……。

「確かに、早くした方がいいみたいだな」

 笑いを堪えるような声で、ボクを見つつ答えるトーラスさん。

「……はい、お願いします」

 恥ずかしさのあまり、ボクの声は蚊の鳴くようなものになってしまった。
 それが堤防を壊すことになったのだろう。
 二人が大声で笑い出すと、ボクの顔はますます朱に染まっていくのだった。
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